アメリカの院生組合 NYUの場合

4月3日のエントリーで書いたように、今NYU(ニューヨーク大で、ティーチング・アシスタント(TA)やリサーチ・アシスタント(RA)の院生たちによるストライキがつづいている。エントリーやコメントを書きながら、日本でこのようなことが起きない理由は何なのか、ということを考えた。日本の私立大学では、すでに授業の40%が非常勤講師によって担われているとも聞く。企業が、すでに一般業務の大半を派遣社員にさせているのと何もかわらないわけだ。派遣にしろ非常勤にしろ、組織しようとしている組合がないわけではないが、それらが大きな力を持っているとは思えない。
院生組合について知りたいと思って、最初に情報を教えてくれた、NYUの友人Nさんに聞いてみた。彼は留学生として組合に参加し、今もストの中心メンバーの一人として活躍している。さっそく彼は詳細なメールを返してくれた。要約を織り交ぜつつ、彼のメールの抜粋を掲載したい。かなり長文になるが、興味のある人間には必読だと思う。現場からの、有益な情報がいっぱいに詰まっている。

1.院生組合をめぐる状況

ストライキに関してですが、マクロな推移は大体御存知かと思います。
大まかに言えば、私立大学における院生組合運動には、4つの接点があります。

私立大学の院生組合設立の経緯については、4月3日にも書いたhttp://www32.ocn.ne.jp/~everydayimpress/New_Folder/explain6.htmを見てほしい。
興味深いのは、NYUの院生組合の周囲に、すでに4つの労働運動が存在していたことだ。つまり、公立大学の院生組合、非常勤講師の組合、他産業の労働組合、そして他私立大学の院生組合(ただし、これはNYUが先陣を切ったという)。

第一は、公立大学における院生組合との関係。州法によって違いはありますが、アメリカの公立大学の院生組合はおよそ30年ほどの歴史を持っています。NY州にも、ニューヨーク州立大学(SUNY)・ニューヨーク市立大学(CUNY)等の大規模な公立大学があり、そこでは院生の労働組合が、政府の労働政策の変更による紆余曲折を経ながらも、正式な労働団体として機能してきました。ここで、公立と私立における大学院生の(労働の)扱いの相違が問題化されるのは自然な流れでしょう。実際に、NYUにおける組合運動は、上記の公立大学における院生労働組合と緊密な連携をとってきました。
第二に、非常勤講師(Adjunct Teacher)達の組合との関係があります。アメリカの私立大学では、常勤の教員達は言うまでもなく、非常勤講師達の組合も組織化されつつあります。ここで問題は、アメリカの場合、非常勤講師と大学院生(TA・RA)の線引きが非常に曖昧なことです。大学院生はTAとして、学内で授業を担当する一方で、他大学で非常勤講師を務めることが一般的です。従ってここでも、私立大学の大学院生の(労働の)二面性が問題となる。こうして、NYUの院生組合運動は非常勤講師達の組合運動とも協力関係にあります(組織は別ですが)。
第三点として、他業種の労働組合との関係があります。御存知のように、NYUの院生組合はUAWの支部として正式に承認されています。他私立大学と比較した場合、支援を受ける労働組合が時に異なりますが、支援母体の相違が問題になることはほとんどありません。
最後に、各々の私立大学における院生組合相互の協力関係があります。上記のように、支援団体の相違に関わらず、院生組合相互の関係はとても緊密です。NYUの大学院生が他大学(プリンストン、コーネル、コロンビア等々)の組合運動を実質的に支援してもいるし、また現在、NYUの組合運動には、イェールの院生達がかなり長期にわたって参加してくれています。

そうした直接の支援も重要だが、NYUで最初に院生組合が生まれるにあたっては、身近にスキルやモデルを供給する組合があったことが重要なのではないかと思う。非常勤に可能なら、院生にだって可能なはずだと思うだろう。
一方、日本の非常勤の周囲にだって組合運動はあるはずだが、それが自分に身近なもの、かかわりのあるものとして感じられることはまれなような気がする。確かに、大学で教師の組合のビラを見ることなどはあるが、とりあえず接触してみるか、と思う非常勤がどれほどいるか。いや、大学内に限らず、日本でも労働組合は一定社会に根付き、今でもそれなりの勢力ではあるはずだが、何か、ほとんど視界に浮上することがないような気がするのは僕だけだろうか?

2.組合、ストライキへの参加者たち
次は、組合設立にかかわったメンバーたちは、どのような傾向の持ち主なのか、という僕の問いに答えた一節だ。

こうして、NYUの院生は、他公立大学の院生・非常勤講師・UAWの活動家・他私立大学の院生等と協力しつつ、組合運動を展開してきました。NYUの院生組合運動が唐突に起こったわけではなく、様々な人々・団体との広範かつ長期的な協力関係の下に行われてきたことが分かると思います。また、こうした経緯から推察してもらえるかと思いますが、組合発足時の院生達も、特別な思想傾向や「運動」体験を持っていたというわけではありません。大学内に、特別な影響力を持つ運動団体があるというわけでもない。よりシンプルに、人文・社会科学系学部に在籍し、広義の社会・労働運動に興味を持っていた院生達が、上記の人々・団体と連携しつつ、漸進的に活動してきたというわけです。現在のメンバー達も、必ずしも皆「急進的左翼学生」というわけではないです(笑)。そもそも、労働運動は基本的に「ブルジョア民主主義」運動ですから。

僕は経験をもったアクティヴなメンバーが中心になったのかとも思っていたのだが、そういうわけでもないらしい。だが、ここでかえって日本との差異が際立っている気がする。日本にも、「人文・社会科学系学部に在籍し、広義の社会・労働運動に興味を持って」いる院生、非常勤は膨大にいるはずだ。だが、彼・彼女らが「シンプルに」何らかの運動に(労働運動に限らない)踏み出すということがなぜか起こりにくい。シンプルであるはずのものが、奇妙にねじくれた話になってしまうのだ。これはなぜだろうか?

しかし、そうはいってもやはり、組合の中心メンバーに「左翼的」な学生が多いのも事実です。特に、院生有志で行われている「マルクス主義リーディング・グループ」には、多くの組合中心メンバー(組合代表者を含む)が参加しています。この読書会は、2001年頃から様々な学部の院生が参加して定期的に行われているもので、僕も発足当初からのメンバーです。これは、組合が大学側との第1回交渉(2000年)によって大幅な待遇改善を勝ち取り、その実際的な運動が一旦落ち着いた時期に、学部を横断した院生相互の交流を維持・深化させるのに役立ちました。勿論、読書会と組合運動の両方に参加している院生達は、前者におけるマルクス主義理論の研究と後者における「ブルジョア民主主義」運動との相違を認識しており、組織的にも両者は全く区別されているのですが、前者で理論的関心を共有する数十名の院生達が、後者でも中心的役割を担い、より広範な院生達に組合運動を呼び掛けてきたというわけです。

僕はこのような横断的なネットワークが、今の日本の大学院に一番欠けているものだと思っている。ただ、Nさんはアメリカも学内のタコツボ化は一緒で、NYUが例外的なのだともいっていた。ここで興味深いのは、そうした専門をこえた組織のために採用される大きな枠組みが「マルクス主義リーディング」だということだ。日本では、このようなネットワークに「マルクス主義」が冠されることはないのではないか。ただし、これは古典マルクス主義というより、ヨーロッパマルクス主義や、多様な現代の左派理論の総体といった意味合いが強いという。日本だとそうした「ポストモダン思想」が、反マルクス主義として受容されてしまった経緯が大きいのだろうか? だが実際には、それらが広い意味での資本主義批判・分析の理論であったことはまちがいない。そうした資本主義に対する対抗の総称として、「マルクス主義」の名が選ばれているのだろう。

3.院生内部の差異
もちろん、院生の中にも温度差がある。

こうした組合の中心メンバー達と「一般」の院生達との間には、勿論、少なからず温度差があります。まず、文系諸学部と理系諸学部との間には、院生の雇用形態に関する相違があります。前者は学部単位で雇用されるのですが、後者は教授の指名によって選出されます。従って、後者の場合、教授の意向に沿わない組合運動に参加した場合、大学執行部による賃金カットや雇い止めがなくとも、仕事を失ってしまう可能性があります。こうして、組合運動の中心はどうしても、文系の院生達に偏ってしまい、理系の院生の組織化は遅れています。こうした現状は、また、理系諸学部に留学生が多い事とも関連しているでしょう(留学生の問題に関しては後述します)。この点に関して、理系諸学部の院生達は概して、社会・労働問題等への意識が相対的に希薄なため、組合運動が浸透し難いという見方もあるかもしれませんが、こうした「意識」のレベルに問題を還元してしまうと建設的な議論にならない事は明白で、やはり文系と理系の院生間における温度差は、上記のような雇用形態に起因していると思います。

さらに言えば、文系諸学部の内部でも、各学部によって温度差があることも事実です。例えば、組合の中心的なメンバーには歴史学社会学及び文学系の院生が多いのに対し、哲学・経済学等の院生は消極的です。こうした相違は、学部を構成する教員達の思想的傾向が影響していると思います。NYUの哲学部は、「全米一」と自負するものの、その「哲学」は分析・科学哲学が主流で、左派的思想・理論は除外されています。著名な学者の集結する経済学部にしても、広義の近経・応用経済学が主流で、当然ながらマル経は存在していません。こうして、多少なりとも左派的な学問は、歴史学社会学・文学等の領域で行われることになる。御存知のように、これはNYUに特殊な現象ではなく、アメリカの大学に一般的な傾向です。要するに、組合運動における院生間の温度差も、学部及びその教員達、さらに言えば、各学問領域における理論的傾向を反映しているというわけです。

4.ジェンダー・人種問題に関して
院生の傾向とはまた別に、ジェンダー・人種にかかわる差異というものもある。しかし、そうしたさまざまな差異をはらみつつ、それでも運動が成立していることを重視したいと思う。

NYUのみならず、全米の大学にはいうまでもなく、ジェンダーや人種問題などに関する団体・研究会が無数にあります。こうした諸団体・研究会と院生組合との関係は微妙な問題を孕んでいる。そもそも、性差や人種間の相違に基づく前者と階級間の相違に基づく後者の利害は必ずしも一致しないわけで。ただ、組合メンバーの男女比に関しては、それほど問題はない。現在、アメリカの有名大学における院生の男女比を見ると、男性が大半を占める理系諸学部に対して、文系諸学部では女性が過半数を超えており、そうした傾向を反映して、文系の院生が大半の組合でも、中心メンバーには女性が圧倒的に多い。こうした事実は、北欧諸国に比して未だ不十分とはいえ、女性の社会進出が促進されつつあるアメリカ社会の現状を映し、また、(社会的・身体的を問わず)性差別に反対する諸団体・研究会の意向とも合致している。しかし、人種問題はより複雑です。例えば、NYUの組合の中心メンバーには、有色人種が極めて少ない。アフリカン・アメリカンのメンバーも少ないし、アジア系に至っては、(以前も少し書いたように)僕を含めて数人しかいません。こうした傾向は、NYにおける人種構成から見ても異例だし、また、既存の労働団体では多くの有色人種(特にアフリカン・アメリカン)が指導的な地位に就いている事実とも背反する。これには、いくつかの理由が想定されます。まず、NYUの文系諸学部における院生の人種構成自体が、NYの人種構成を反映せず、白人が大半である事。これは確実な統計に基づいているわけではないですが、個人的な感触として実感されます。こうした傾向は、そもそも、人種間における経済格差と学歴格差に起因していると思われる。勿論、他方で、全体から見れば少数派でも、有色人種の院生達も多数存在します。しかし、アクティブな有色人種の院生ほど、組合運動よりも、自らの人種の政治的地位の向上を目指す運動に参加する傾向があるように思います。さらに、これは僕の推測の域を出ないのですが、既存の労働団体の歴史的な性質がこうした人種問題の遠因になっている可能性もあります。UAWやAFL(労働総同盟産別会議)は、NY支部こそ有色人種が多いものの、歴史的には白人労働者を中心とした組合です。他方で、人種問題にも敏感で急進的なIWW等の労働団体は、院生組合運動との関連がほとんどありません。いずれにしても、人種差別撤廃運動と組合運動は有機的に連合するべきであり、そのための努力もなされているのですが、それは未だ、達成されるべき課題に止まっていると言えるでしょう。

留学生の状況

この人種問題に関連して、留学生の問題があります。以前にも書いたように、留学生は、ビザの関係上大学外での仕事に就くことができず、大学側による賃金カットの影響をモロにうけてしまいます。また、ビザの更新の際に、大学側から妨害をうけるのではないかといった懸念も拭いがたいものがあります。こうして、NYUの場合、多くの留学生が在籍しているにも関わらず、組合の中心メンバーは非常に少ない。上記の人種問題との関連で言えば、組合運動に積極的に参加している留学生の全体数が少ないだけでなく、その中でも、ヨーロッパや南米からの白人の留学生が大半で、アジア・南米・アフリカ等からの有色人種の留学生はさらに少ないのが実状です。また、上記で述べた学部間の温度差に関して言えば、それが留学生の数の相違と関連している事も明らかです。これには、言語的な問題もあるでしょうし、留学生達が出身国別に固まってしまい、大学院生=労働者としての国や人種を超えた一体性を持ち難いということも原因の一つでしょう。勿論、組合としては、これまで、留学生の組織化に尽力してきたし、アメリカ人学生との間に不平等が生じないように細心の注意を払ってきました。しかし、その試みは成功していない。僕自身しばしば、アメリカ人の院生達の意識に疑問を持つことがあります。例えば、ご存知のように、大学側と組合との交渉において健康保険料は大きな焦点で、その大学側の負担を明記した2000年の契約は大きな前進だったのですが、それでもなお、アメリカ人学生の場合、その配偶者の保険料も大学側が負担しているのに対し、留学生の場合、未だ配偶者の保険料は自己負担です(ちなみに、その金額は年間50万円以上)。こうした明らかな相違を、アメリカ人学生の組合メンバーが知らないことが多々あります。そうしたアメリカ人院生達の無知に対して、留学生達は敏感です。そうなると、僕のような少数の留学生メンバーが「様々な相違を踏まえた上で、大局的な見地から運動に参加しよう」と説いても、「向こう見ずな左翼学生」と片付けられてしまう(笑)。しかし他方で、こうした現象はそんなに心配する必要がないかもしれない。実際にNYU以外の、例えばイェールでは、留学生達が院生組合運動に重要な役割を演じています。イェールでは数年前に、中国人の女性留学生が学内で差別的な扱いを受け、それに対する抗議運動を契機に、院生組合運動への留学生の組織化も進みました。また、イェールでは、NYUに比して、アメリカ人組合メンバーのなかでも有色人種の比率が高い。こうした事実から見ると、非白人の留学生の組織化に関して、NYUでは多くの改良点があるかもしれないけれど、全般的には悲観的になる必要はないかもしれません。

これはどこの運動でも直面する問題だろう。運動内部の差異を認めたまま、どのようにして共闘を維持するか。

以上がNさんのメールの主な内容だ。いろいろと興味深い点があると思う。長文のメールを書き、掲載を許可してくれたNさんに感謝する。まだストライキも続いているのだし、僕も新しい情報がありしだい、紹介するつもりだ。