「たけくらべ」その他

樋口一葉たけくらべ」「十三夜」、国木田独歩「竹の木戸」「富岡先生」、前田愛「こどもたちの時間」「街の声」などをぱらぱらと。一見似たような印象で受けとられがちな一葉の文体が、じつはそれぞれかなり異なった感触を持っていることがわかった。よく知られているように、二四歳で死んだ一葉の代表作は、すべてだいたい一年半くらいのあいだに書かれている。「たけくらべ」は一年かかっているので、「にごりえ」も「十三夜」もその時期に並行して書かれたものだ。一葉はそのわずかの執筆期間のあいだに、一作毎に趣向をかえて、あらたな文体の実験をしているわけだ。たいした気魄と才能としかいいようがない。
僕の感じとしては、「たけくらべ」が一番きらびやかで少し気取っているという気がする。だが、それだけに少し読みにくい。とはいえ、文章の複雑さ、復層性という意味ではダントツだろう。「にごりえ」は勢いがあって一番すっと入ってくる。それと比べると、「十三夜」は少し硬くて貧しい。しかしいずれにしても、言文一致によって言葉が変わろうとしているその境目に立って書かれた、異様に緊張感あふれる文体であって、それ以前でも以降でも不可能なものだろう。その稀有な瞬間に、一葉という天才がいたことは日本文学にとって幸運だった。前田愛のふたつの一葉論も、それぞれ好論文だと思う。